「日本は、幸せのものさしの種類が少ない。」
男ならたくさん稼いで成功すること。
女ならお金持ちでイケメンでやさしい旦那さんをもらって子どもに恵まれること。
日本人の幸せは、大きく分けてその二つしかない。
そして、その二つのものさしで、自分を測っては、 「わたしの人生ってイケてる!」「俺の人生終わった…」 と一喜一憂をしている。
これはあまり良くない状況かもしれない。
昔、オーストラリアに長期滞在したとき、
「日本に帰ったら、また現実がはじまる。帰りたくない」
と海辺で仲良くなったオッチャンに愚痴ったことがあります。
そしたら、オッチャンは、ビールを片手に
「元気だしな。幸せは一つじゃない。もっとたくさん種類がある」
と完全に酔っ払った状態で教えてくれました。しかし、その言葉には真実味があって、とても胸に響きました。
そこから先は、英語だったので、あまり覚えていないけど、たぶん次のようなことを言われました。「誰かが決めた幸せのものさしにハマらないからって、落ち込むな。幸せのものさしは、自由に決めて満足すればいい。」
目からウロコでした。
たしかにオーストラリアを見回すと、そうでした。
いろんな幸せな人がいました。自給自足を楽しむのもアリ。男が子育てを楽しむのもアリ。ホームステイで世界中から子供招くのを生きがいにするのもアリ。昼から浜辺でビールを飲むのもアリ。会社を4時に終えて、そのあとサーフィンを楽しむのもアリ。バーベキューを生きがいにするのもアリ。
日本でも、こういう人はいると思いますが、まわりから認められてなかったり、痛々しかったりします。
オーストラリア人は、それを心から楽しんでいる感じでした。
幸せのものさしを、みんながそれぞれ作って、尊重しあっている。
早く日本もそうなって欲しい。壊れたものさしは捨てて、みんながそれぞれ作ってしまえばいいのに。そうすればもっと、幸せになる人が増えるかもしれない。
5 :名無しさん@九周年:2009/03/23(月) 20:49:57 ID:WWujdkJ70
この前友人のアフリカン雨人を拉致って家で飲んでたんだが
捕鯨緑豆から日本にきた外人が
日本人は人種差別だと非難している雨人の話題に移ったら激しくぶちぎれた
以下そいつのセリフ。順序とか正確ではないけど。意訳あり
友人曰く
「大体白人はいつもそれだ。いつも自分がただしいと思ってやがる。
日本人が人種差別だと?俺はそうは思わないね。
単にお前が溶け込めなかっただけだろ。
アメリカは人種差別のない国じゃない、人種差別のある国だ。
ただ禁止しているに過ぎない。
アメリカではつねに居心地がわるかった(ちなみにこいつはゲイ)
だが日本は違った
俺に偏見を持つ人も差別的な侮辱するひともいなかった。
電車で街中、銭湯だって嫌がられたりしない
尊重してくれた。日本こそ真の自由国家で間違いない。
ゲイでも、レズでも、どんなファッションでも、変態でも誰も文句を言われない国だ
原宿や秋葉原が許されるのは日本だからだ。アメリカでは不可能だ
キリスト、イスラム、ユダヤ、仏教、すべてに寛容な国は日本だけだ
ロシアさえも好きな日本人もいっぱいいるし、他の全ての国に寛容だ
世界中が日本人みたいに寛容だったら世界が平和になるよ。
捕鯨や人種差別など白人の目線で相手に自分達を強引に押し付けるから平和にならない
アメリカはいつもそれだ。世界から嫌われていることを自覚しろよ・・・」
23 :名無しさん@九周年:2009/03/23(月) 20:57:21 ID:Wbtd89hD0
アパートや築地などの外国人お断りには、そいつ曰く
『白人は自分が断られることは少ないからな、差別をうけたと思うだろうが、
これこそ日本が人種差別がないといえる理由だ
他の国ではどうだ。白人はOK、黒人は金持ちならOK、
アジア人はNGとか差別があったりする。職業や人種で分けられる。
日本は人種、職業関係ない。みんな同じ外国人として扱われる。
そして外国人が断られるのは信用がないからだ。
信用のない奴とビジネスや付き合いができないのは当然のことだ。
信用がないならつくるしかないのに。
それを日本が人種差別だと批判して、
自分達を省みないから日本人にうけいれられなかったんだよ。
WW2で負けた日本は何もない最底辺国家になった。
日本人は世界中で信用のないアジア人だった。
それを日本人は行動でしめしたからこそ信用のある日本人になったんだ。
それに憧れて日本にきたんだろう?
外国人すべてOKとかしてたらそんな憧れた日本でなくなっちまう。
日本が日本でなくなってアメリカみたいになっちまう。
日本は外国人お断りじゃなくて、日本の考え方が理解できない外国人おことわりなんだよ。
日本を理解する外人は歓迎される。
そうすることで例え外人が増えようとも日本は日本でありつづけることができるんだ。
日本人に受け入れられることは難しい。
だけどその努力をするのは日本人じゃなくて外人のほうなんだよ。
日本になじめたら日本がどんなに素晴らしいか、なぜ犯罪が少ないのか、
それが理解できるようになる。』
失敗した時にすべきことは、「あの失敗があったから今の自分がある」などと、前向きにとらえることではありません。「あの失敗が、これだけ自分を衰弱させてしまった。もう二度とあんな目に遭わないためには、どうすればいいか?」ということを考え、その方法を学ぶべきなのです。
例えば、自分にとってどうしても苦手な人がいて、嫌な目に遭った時。「嫌な人だったが、あの人のおかげでいろいろ学ぶことができた」と思わないことです。「今の自分には、あのタイプの人は合わない。だから、これからはうまく逃げるようにしよう」ということを学ぶのです。
仕事でも、「こういう仕事をすると、自分がこれだけ弱ってしまう」ということを知るようにする。
失敗を前向きに考えようとすると、これからも同じ失敗を繰り返すことになります。失敗やマイナスの経験は、今の自分に合わないことを学ばせてくれますが、それ以上に前向きな意味はありません。
また失敗した時の対象に対して、過剰な恨みを抱くこともありますが、これもお勧めできません。そもそも相性が悪い相手なのですから、恨んだところで解決しません。その対象と、距離を取ればいいことなのです。
例えば雨の日に道で転んだとしても、「いい経験をした」とも思わないし、逆に「雨を許さない!」とも思わないでしょう。こういう時にやるべきことは、「雨の日はあまり歩かないようにする」、または「雨の日に歩くなら、転びにくい靴を選ぶ」ということ。これがメンテナンス術の考え方です。
私が中学生だったころ、誰かとつきあっている女の子は、ときどき自転車に乗らずに学校に来ていた。男の子の自転車の後ろに乗せてもらって帰るためだ。彼女たちは少しはずかしそうに、でもどこか誇らしげに、幼い「彼氏」の肩に手をかけて河川敷を走っていった。ときどきどちらかが何か言い、ふたりで笑っていた。何を話しているのかな、と私は思った。とってもうれしそうだ。私もいつかああいうことをするのかしら。
十九になったとき、仲の良かった男の子が川の近くに住んでいた。私は彼に訊いた。自転車もってる、あのね、自転車の後ろに乗せてほしいの、そういうのやってみたかったの。
彼は親切な男の子だったので、もちろんそうしてくれた。春の終わりの晴れた日の、風の弱いきれいな昼下がりに。でもそれはただの二人乗りだった。その日はただの春の日で、私たちがしたことはただのデートだった。
私はありがとうと言った。私はかなしかった。私はもうすぐ成人で、男の子の自転車の後ろに乗ることが特別であるような年齢ではなかった。そのことがよくわかってしまった。自転車の後ろに乗って河川敷を走るのは、十五歳までに済ませておくべきだった。その行為はその年齢においてのみ、恋のアイコンとして機能する。十九になってしまったら、もうそれを手に入れることはできない。
それから更に十数年が過ぎて、私のアイコンはさらに少なくなった。時間が過ぎてゆくごとに、いろいろなことが当たり前になってしまう。同じ行為をなぞってみても、かつてそこにあったはずの特別さはきれいに失われている。
最初にアルバイトをしたときには、タイムカードさえ特別だった。それは自分が誰かの役に立つことができ、それによってお金を稼ぐことができることを示す、たのもしい記号だった。私は誇らしくそれを押した。がちゃんと音がしたことをよく覚えている。いい音だった。私はもうあんなふうに働くことはできない。
私はすべての特別さを消費してしまったのだろうか、と思う。すべてのあこがれを、すべての熱を、世界とじかにつながるための神聖な儀式を。
そんなはずはない。私はまだそんなに長く生きていない。私はこれから、三十二歳のうちにしておくべきこと、三十五歳までにしておくべきこと、四十歳になったらするべきことを探さなくちゃいけない。そのときだけ特別に感じられることは、この先にもきっとあるはずなのだ。
暖かいものを持たせると人の性格がよくなる。ホットコーヒーを渡してから相談事をすればいい(出典)。 重いものを持たせるとそれが重要だと錯覚する。重要な議題はちょっと重いクリップボードで渡すといい(出典)。 良い香りのする部屋では人の性格がよくなる。暗い部屋、サングラスなどがあると人は相手をだまそうとする(出典)。
意識とは、私たちが、夢を見ない眠りから覚めて、再び夢のない眠りに帰るまでの間持っている心的な性質のこと
>もうすぐこの国はダメになるかもしれません。知りもしないことをあたかも知っているかのように、全く知らない人たちに偉そうに語り、議論をねじ曲げている有識者といわれている詐欺師のような人たちの所為で。
先日の事業仕分けで、スーパーコンピューターの予算が削られました。技術立国とか偉そうなことをいって基礎実験すらまともに出来ない国が、技術的にリードできるなどとは思えません。
>国立大学の予算に関しては「OBや出向している職員がいる」ことを理由に削減しようとしています。それは勉学とは別の話で、国家の最高学府を維持しないで、これからの研究をどうやっていくのでしょうね?削減の理由にはならず、それどころか予算の話ですらありません。違うところで規制してください。あ、自分が入学できなかった妬みですかね?
スーパーコンピューターなどは技術の話です。技術的に難しいからお金がかかるのです。だから民間では出来ないのです。それはだれでも知っています。あの場で説明できなかったから削減したといいますが、説明「させなかった」のを「出来なかった」というのはおこがましいものです。
>サムソンの海外における経営の仕方は彼の悪名高き「トヨタ式」にそっくりです。なるほど、日本のみならず海外の労働者をも食い物にしろとおっしゃりたいのですね、わかります。ですが、サムソンのバックには韓国国家そのものがいる件にはノータッチですか。素晴らしい。
郵政や雇用の規制緩和を否定しつつも、なぜサムスンなら賞賛できるのか、その思考構造が不思議でなりません。
ところで、最近は中国から海外の生産業は撤退を開始しており、ベトナムなどに流れているのをご存じですか?しかも韓国はベトナムに企業ではなく国単位で進出をお断りされています。何故でしょうね?
>IT分野に関しては特に、中身の空っぽな議論やネーミングはもういらない時代になって来ているのに気がついて欲しいものです。あ、語ってるエライ人の中身が空っぽなのは秘密ですかね?
バイアスと先入観と自分の信念とがごっちゃになって、結論ありきで語られるイノベーションにはうんざりです。世界を見るどころか足下すら見えていないとしか思えません。
技術を知らずしてイノベーションを何故語れるのか?何故それを人に説けるのか?
聞く側が知らないのは当然です。知らないから知っている人に聞くのです。語る方が知らないのでは語る資格はありません。自覚がないのは罪です。詐欺です。
そういったくだらない事ばかりいって煽るエライ人が、技術者や開発者、さらには企業すら萎縮させ現代日本を混迷させていることに有識者を語るエライ人が気が付くべきでしょう。
未来を予想することを、ヤマをかけることは別モノですよ?
>最後に、昨年末にも同じようなことを書いた気がします。日本は確実にダメになっていくでしょう。若手の育成など未来につながるような議論をしない限り、そろそろ沈没も近いと思います。何よりも、政治主導とか偉そうなことをいうのなら、意思の疎通ぐらいはしておいて欲しいものです。
19 :名無しさん@十周年:2009/10/16(金) 17:55:02 ID:MVkpniAp0
専業主婦が一般的だったのは高度経済成長期の数十年、たった1世代でしかないという事実
よくあることなんだけど、今現在の社会的な慣習を永続的なものだとみんな勘違いしちゃうんだよ。
みんなでクルマを持つようになってまだたった1世代。
腕時計をするようになって1世代だが、携帯のせいで売り上げが3分の1に激減
社会人のたしなみと誰も疑ってなかったはずのものが、1世代であっけなく終了。
タバコと酒の消費量は戦後で1人あたり5倍くらいになってて、今みたいにパカパカ摂取するようになって1世代。
(だから健康被害とか出てくるんですよ。当たり前やがな)
バカみたいな飲み会とかやってたのは実は団塊だけ。タバコは今のペースならあと0.5世代で滅ぶ。
自由恋愛も1~2世代ですよね。だいたい告白という風習が少女漫画から広まったものじゃなかったっけ。1世代。
(社会慣習は意外とフィクションの影響を受けている)
日本女性がブラジャーをつけるようになって1.5世代くらいか。
今のスタイルの葬式がもうちょっと長くて2世代くらい?
ほかにも「実はたった1世代」ってモノや慣習は無数にある。ちょっとこの事実にお前ら恐怖したほうがいいです。
だからまあ、なんも考えず親世代の真似をしようとするのはやめろ。無理だから。
親の言うことも聞くな。だいたい親もこの辺のこと分かってねえから。愚者は経験に学ぶ。しかもたった1世代の。
終身雇用なんてギャグだし、ローンで家建てる前に経済誌でも購読するべきだし。
ブルーカラーやホワイトカラーどころか、最近はゴールドカラーって新しい職種が出てきてるなんて言われている。
人間が変わる方法は3つしかない
1.時間の使い方を変える
2.住む場所を変える
3.付き合う人間を変える
この3つの要素でしか人間は変わらない
もっとも無意味なのは『決意を新たにする』ことだ